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「東京タワー  オカンとポクと、時々、オトン」

9月に予約していたのがやっと順番が回ってきました。ずいぶん人気ですよね。リリー・フランキーは時々テレビなんかで見て、息子の先輩でもあるので、どんな人かなぁ、と思っていました。「東京タワー」の前に、「美女と野球」と言うのも借りたんですけど、結構過激な?エッセイで、趣味でないので、半分ぐらいしか読みませんでした。でも、お母さんや親戚とでハワイにいった話もあったので、何か仲のよい楽しそうな親子だな、とは思ったのですが。

感想は、すばらしい母親!に尽きます。リリーさんは、3歳の時に両親が別居して、ずっと母親に育ててもらったんです。お母さんは息子を深くいつくしみ、できるだけのことをしながらも、けして口を出さず、見守りつづけました。息子にもその愛情は伝わっていたのですが、そして母親を大事に思っていたのですが、青春時代には自分の道がなかなか見つけられないこともあって、自堕落な生活に落ちていってしまいます。でも、母は一言も文句も言わす、見守り続けます。難しいことですよね。私なんか、ちょっとしたことでも、口やかましく言ってしまうのに。こんなにも我が子を信頼する事、なかなかできないと思います。

やっとリリーさんが生活を立て直した頃、働き続け、住むところも失った母を東京に呼び、二人の生活が戻ってきました。母は生き生きと得意の料理に腕を揮い、息子の友人たちとも仲良くなり、慕われます。一人であちこち出かけるようにもなり、地域の活動にも参加したり、「こんな面もあったんだ」と思わせます。(後で聞くのですが、母は息子の重荷にならないようにと考えていたのです。)けれども、2度の癌手術を乗り越えた母が、また新たな癌を発病してしまい・・・この辺からは涙なくしては読めません。この親子の深い愛情、互いへの思いやりには感動しました。

リリーさんが、最低の生活を送ったものの、立ち直ったのも、どこかに母の存在があってこそだったんだと思います。風船の様に飛んでいきそうな息子の糸を、しっかり握っていた母。この世の中にたった一人でも、自分を愛し、信頼していることを疑えない人がいるって、なんてすばらしいことでしょう。そして、最期は悲しかったけれど、こんなに素直な母親賛歌の物語を書いてもらって、お母さんも本望だったのではないでしょうか。

母はほとんどの人生を息子のために生きたように思えます。息子も、母の人生を思いやって、「母の人生は小さく見える。僕のためにその多くを切り取ってくれたからだ。」と、つづっています。思い出すのは、ユトリロの母、ヴァラドン。彼女は徹底的に自分のために生き、母を求める息子の思いに沿うことはありませんでした。(それでもユトリロは母を愛していたのですが)それは極端ですが、現代の女性の多くは私も含めて、自己実現も追及すると思います。もちろん、子供はすごく大切で、可愛いのだけれど、自分自身の人生もまた、あると。また、子供にすべてをかけることで、負担をかけたくないという気持ちもあります。まあ、そんなことをいえるのも、生活に余裕が多少ともあるからかも知れませんが。

この本のように、息子の立場で、母を、優しく、またありのままに綴ったものはあまりないような気がします。お奨めします。それから、ついでですが、料理って大切だなぁ、と思いました。この中にも、どんなに母が心を込めてご飯を作ってくれたかということが繰り返し出てきます。下手な言葉より、3度の食事が心を伝えることもあるんですね。いろいろ見習うべきところがたくさんありましたが、これもその1つです。だんだん手抜きが多くなっていますが、下手でも心のこもったご飯作りをしなくては、と思いました。

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パソコンが壊れた!

最近ろくなことがないし、体調もよくない。そこへもってきて、日曜日にパソコンが壊れた。本当についていない。いつもの様に娘が音楽を聴いていたら、突然電源が落ちて,ONにしても、ウィンドウズが起動できないというエラーメッセージが出るばかり。娘に八つ当たりしたけれど、夫の「あいつのせいじゃないよ。」という言葉に、それもそうだとおもい直しました。ちょっと前から時々急に電源が切れることはあって、「やばいなぁ、写真だけでも早くバックアップしなくちゃ」とは思っていたのに、やっていない自分に腹が立ちます。

月曜、スポーツクラブから帰ろうと思ったら、雨。置き傘を差して片手運転でよろよろと自転車で帰ってきたけど、ずぶぬれになってしまった。気を取り直して、早速ソニーに電話した。いわれるまま、あれこれやっった上、データが失われる覚悟で、リカヴァリーも試したけれど、まったく同じメッセージが出るばかり。修理するしかないといわれ、保証書などを見てみると、PCデポの、5年保障に入っていたのに気づき、とりあえず、そちらに出すことにしました。そこへ、娘からメールで、いろいろ調べたらしく、ウィンドウズを再インストールすれば何とかなるかも、といってきました。でも、そのソフトがないので、早く直したい一心もあり、ビニール袋に入れたパソコンを息子に持ってもらい、PCデポに行くことにした。そして、エレヴェーターを降りたところで、今日は夫が車を使っているのを思い出し、(だから雨が降りそうなのに自転車で出かけたんでした)勢いで、タクシーで行こうとマンションの前で待ったけれど、全然タクシーが来ない。結局、あきらめて家に戻りました。

娘が帰ってきて言うには、ソニーのバイオはひどく評判が悪いらしい。とにかく、すぐ壊れ、知り合いは修理に出そうとしたら、あまりに高くて、買いなおしたとか。なんとなくソニーっていいイメージだったのに、そうなんでしょうか。娘もたくさん、アップルストアで買った音楽とか、借りたCDとか入れていたので、あきらめられないらしく、何とかウィンドウズのインストールソフトを手に入れて試してみたいと言う。そうしたら、深夜に帰宅した夫が、事務所にあるかも、というので、修理はそれを待ってということに。ところが、事務所にあるはずらしい、ソフトがまだ見つからず(所員が持ち帰ったのかもと、自宅も探したり・・)今に至っているわけです。

しばらくと言っても、2、3日ですが、あまりパソコンに触れないと、さびしいような、時間ができたような・・でも、やっぱり不便だし、ブログも気になりますね。これは、夫のパソコンで書いているのですが、何か使いにくいです.文章もどうもぞんざいになるような気がする。作家も、パソコン派と、手書き派の方がいるようですが、何を使って書くかによって、もしかしたら文体も少し変わるんじゃないでしょうか。高村薫さんは、悪筆で文章を書くのが嫌いだったのに、ある日ワープロに向かうと、小説がすらすらあふれ出したというのを、いつか読んだのを覚えています。昨日は高校生が携帯で書いた小説が賞を受けたという記事もありました。私のようなものでも、少しは影響するのかも、と思ったりしました。

何しろ、できればデータを消さないで直ってくれればよいのですが。

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「沖で待つ」

絲山秋子さんの、芥川賞受賞作です。ミーハー、且つけちな私は大体毎年、文芸春秋を買って芥川賞を受けた作品を読みます。最近、あまり私好みの作品は少なくて、去年のなんて完読もできなかった。この作品は最近絲山さんの本を2冊読んだばかりだったので、何か嬉しかった。おめでとうございます、といいたい気持ち。小品だし、芥川賞と言う大それた?賞には似合わない気もしましたが。

総合職で働く女性と、同期の男性との友情が、淡々と書かれているのだけれど、同期と言うことで、戦友にも似た心の交流が暖かい。私の頃は総合職と言うのもなかったし、色々あったから、こういう関係にはすごく憧れますね。

背景には彼女たちの仕事の様子がリアルに描かれていて、生き生きとした仕事の現場の様子が伝わってきます。選評にもありましたが、こういう仕事について、過不足なくかかれた小説ってなかったような気がします。作者が実際にこういう仕事をされていたようなので、それでこそ書けたんでしょうね。

そして、こういう男女の関係も、新しいですね。あくまでも友情ではあるけれど、それでいて、男同士、女同士とは一味違うふわっとしたものが漂っているような気がしました。気持ちのいい読後感でした。

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銀ブラ

1ヶ月近く前、学生時代の友達から「銀ブラしない?」と言うメールが来ました。皆にも声をかけ、昨日5人が歌舞伎座の前に集合しました。皆、仕事や趣味、ボランティアなどで忙しいのですが、予定をつけて。

まず、銀座6丁目の中国膳房「黎花」(らいか)で、ランチを食べました。スープ、小皿、メイン(選択できます)、お粥(またはご飯)、デザート。とってもヘルシーで、おいしかった。銀ブラが目的なので、おしゃべりを切り上げて並木通りに向かいました。まず見つけた、淡平と言うおせんべいやさん、あまりにもおいしそうなので、中に入ってみると、変わったおせんべいが1枚でも買える。何種類か買ってきたんですが、おいしかった。でも、ここは激辛の唐辛子せんべいと山椒せんべいがゆうめいだったらしい。それも試せばよかったかな。ぶらぶら歩いていくと、スワロフスキーと言うクリスタルのお店がありました。中に入ってみると、きらきらして、とても綺麗な置物やアクセサリーが沢山並んでいました。値段もお手ごろなので、気に入ったイアリングを買ってしまいました。友達も、ペンダントを買っていました。

ここを出てから、ブランドのお店は横目で眺めるだけで、「ハウスオブシセイドウ」に通りかかり、ギャラリーによってみました。ちょうど、「トード・ボーンチェ、唐草と出会う」と言う展覧会をやっていて、から草をモチーフにした、オブジェ、照明、食器などが展示されていましたが、繊細で素敵でした。そこで思い出したのが、母が使っていた資生堂のコールドクリームの容器のデザインです。私くらいの年代の女性なら、見たことがあるんじゃないかしら、黒いふたに唐草の金色が浮き上がったデザインを。そう思い出したら、そのクリームも展示してありました。資生堂のデザインの基本には唐草があるんですって。子供の頃は古臭いと思ったそれが、いま見るとかえってモダンでいいなと思いました。

2時には帰らなくてはいけないという友達が1人いたので、その前に一休みと思って喫茶店を探したら、風月堂がありました。カフェじゃなくて、昔ながらの喫茶店です。とりあえず入るとゆったりとしていて、いい感じです。メニューのケーキも今風でなくて、懐かしいものばかり。皆でサヴァランを食べました。少し甘かったけれど懐かしい味でしたね。昔はケーキ屋さんの定番だったのにこの頃はちっとも見かけない、存在すら忘れていたケーキ。

又おしゃべりをし、今度は向かい側のお店「空也」で、漱石など、昭和の文豪が愛したという、最中を、皆は買っていました。私はあまり好きでないのでパスしましたが、少し後悔。あとは有楽町方面に向かい、プランタン銀座へ。ちょうどバレンタインだったので、一階にはチョコレートがあふれんばかりに並べられて、若い女性で賑わっていました。ここの7階にヴェトナム料理のお店を発見、今度行って見たいです。お昼時は行列のできる人気のお店らしいですから。

有楽町から帰る私ともう1人、銀座に戻る2人はここで別れました。このところ1番のぽかぽかして風もない、良い1日で散歩には最高でした。実は年末にも、同じようなメンバーで、忘年会を銀座でやったんですが、そのときは、食事とお茶、そしておしゃべりに熱中してしまい、せっかく行ったのに街を楽しまなかったので、今回は楽しかったです。

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娘による人間の分類

娘が久しぶりにあのおぞましい部屋を片付けていました。そして、4年前の(大学3年の時)の手帳が出てきたと言ってもって来ました。その頃は、就職活動の真っ只中で、スケジュールがびっしり書いてありました。それを、同じ3年の弟に見せに来たのだけど、面白いメモがありました。

人類の分類と書いてあって、グラフのようなものが。そして、縦軸が、性格、横軸が、テンションなんです。息子と大笑いしていると、夫が来たので、人を分類するのに、縦軸が性格だとすると、横軸は何だと思う?と聞いてみると、「う~ん、外見、能力・・」と言う答え。普通そんな感じですよね。テンションって、そんなに大事な要素なの?って思っちゃいます。

娘は、小さい頃から、少し変わっていて、面白いといって笑われる事が多かったのです。前は何が可笑しいのか分らないと言って憮然としていましたが、最近はそれを受け入れて、人と違う自分に自信を持っている感じです。

ちなみに、その分類で言うと、夫は性格少し悪く、テンション少し高め、息子は性格少し良く、テンション少し低め、私は性格どちらでもなく、テンション少し高め、自分は性格少し悪く、テンション少し低めだそうです。彼女の好みは性格良く、テンション低めと言うので、弟が理想じゃないと言うと、「あれ、そんなわけないのにおかしいな。」と、首を傾げていました。

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「父帰る」・「モンスター」

映画を見ました。この2本とも大変印象的な映画でした。

「父帰る」は、ロシアの田舎町で暮す母と2人の息子のもとに、12年ぶりで父親が帰ってきます。そして、息子たちを連れて車で短い旅に出るのですが・・父は寡黙で厳しい。息子たちは父になじめず、愛情を感じる事ができない。弟は、「何故帰ってきたんだ!苛めるためか?」とまで言ってしまいます。父親は仕事があるといって、一旦子供たちをバスで返そうとするのですが、思い直して彼らを連れて、無人島のような小さな島に渡ります。そして、思いもかけぬ衝撃のラスト。父親が何者なのか、どこへ行っていて、何故帰ってきたのか、なぞは残ったままです。

それぞれのキャラクターは、鮮明です。謎の父、一生懸命馴染もうとする兄、馴染めずに頑固な態度を増す弟。そして何をやっても齟齬が生じて、ぎくしゃくする親子関係。特に弟の思いつめた顔が印象的で、心に残ります。家族の葛藤を描いた映画は沢山あると思いますが、この映画には胸をえぐられる思いがしました。

「モンスター」は、底辺でどん底の生活を送る売春婦が描かれます。シャーリーズ・セロンは、この演技のために13キロも体重を増やしたとか。渾身の演技でした。たまたまバーで出会った女性によって愛する事に目覚めた彼女は、彼女の為に、精一杯頑張ろうとするのですが、何もかもうまくいかず、犯罪に手を染める。最初は偶然の防衛のためだったのが、彼女に去られないために、お金のためにも犯罪を犯していくようになってしまい・・

実話が元になっているようです。それにしても、あまりにも悲惨なお話です。彼女の、生い立ちも過酷で、彼女が可愛そうでなりませんでした。アメリカは豊かな国なのに、このように底辺でもがく人も多いのでしょう。運命とは、残酷なものですね。

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プロフェッショナル・宇都宮健児氏

さっき、テレビ番組「プロフェッショナル」を見ました。宇都宮健児氏は私は知らなかったのですが,人権派弁護士として有名な方のようです。サラ金などの多重債務者を大勢救っていらっしゃいます。

「儲けたければ、弁護士でなく経営者になればいいんですよ」と言う言葉は一部の弁護士に聞かせてあげたい。弁護士とは弱者の味方であるのが、理想ですよね。その理想を実践している姿に感動しました。

彼は東大法学部現役合格、在学中に司法試験も受かった秀才でしたが、弁護士となってからは、営業が苦手で、苦労しました。あるとき、誰も引き受けてのいない、多重債務者の件を引き受けたのが今に至るきっかけだったようです。苦労の末、そのような人々を救う道を見つけ、大勢の人を僅かな料金で救って来ました。今は真冬の公園のホームレスの人達に声をかけ、相談にも乗っています。「人生はやり直せる」と言うのが彼の信条なのです。

そのほかにも、豊田商事事件や、地下鉄サリン事件など、多くの事件にかかわっておられます。いつも暖かく、飄々として、でも確固とした信念の基に生きておられる姿勢が人として、美しいです。

拝金主義が横行する今の世の中、こういう方を見ると、とても嬉しいですね。ちょっと思い出すのがホリエモン。彼のやった事は法的にどうだったのかは司法の判断を待つとして、やはり対極にいる存在だったのかもしれません。今でも彼がお金だけを追求していたとは思いたくないのですが、マスコミの作り上げた虚像としてのホリエモンは拝金主義の象徴だったのかな。今の世の中を象徴する存在として、持てはやされ、そして蔑まれる。まるでおもちゃですね。宇都宮さんはどう思われるのでしょうか。

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アッコちゃんの時代

「アッコちゃんの時代」林真理子著・を読みました。バブルの時代を奔放に生きた若く美しい女性の物語。男たちにかしずかれ、面白おかしく暮らし、地上げの帝王と呼ばれた男の愛人になったり、あの六本木のキャンティの御曹司の妻になったり。彼女は運命の流れに身を任せ、男を愛するというより、男に与えられる贅沢な生活を愛したように思えます。だから男に去られても、あくまで淡々としているのです。不思議な女性かもしれないですね。

はっきり言って、全然共感できない。こんな世界もあるのかなという感じ。(モデルは実在の女性らしいですが。)自分から求めてというより、来るものは拒まずという感じなので、あまりいやらしさはなくて、憎めないところもあるけれど。作者は何をかきたかったのかなぁ。

それにしても彼女は幸せなんでしょうか?人間って幸せを求めて生きているんじゃないでしょうか。もちろん幸せって言っても人それぞれ違うんだろうけど。私が彼女だったら幸せになれるとは思えません。

自分のことを顧みれば、どうなんだろう?気のあう家族がいて、健康で、適当に遊ぶ余裕もある。そこそこ幸せだと思います。でも何か満たされないという気持ちもあります。贅沢なんでしょうか。何が欲しいのかな。

何か一つ願いがかなうとしたら、何でしょうか。お金があったらもっとあちこち旅行したり、おいしいもの食べたり、好きなもの買ったりできるけど、少し違う気がする。例えばすごい美人になれたら嬉しいけど、いまより少しは楽しいかな、と言う程度じゃないかな。何か特別な才能があって、(音楽とか芸術とか)自分を表現できて、人をも喜ばせられる事ができたら。う~ん、それはかなり幸福感を得られると思う。でもそんなものないし・・

前に母が言っていたけれど、困った時は周りを変えようとばかりしないで、自分が変わることも考えなさいと。もちろん努力も必要だけど、いまある状況で幸せになるには自分の考え方や感じ方を変えていくことも必要かもしれない。でも、これって結構難しい。ほんのちょっとしたことで不快になったり、人に望みすぎたりしてしまう自分。息子と話していて、自分をコントロールする事って難しいよね、と言ったら、息子が「馬に乗っているようなものだよね。暴れ馬だったり、大人しい馬だったりするけど。」といったんです。うまいこと言うなって思いました。座布団3枚ぐらいあげたい。

何だか脱線して、幸せについて考えだしてしまいました。こんな事考えているのは大きな不幸がないからかも知れない・・

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