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「孤宿の人」

宮部みゆき著 「孤宿の人」 を読みました。宮部さんらしい、市井の人々に対する暖かいまなざしも感じられますが、政治の力に翻弄される人々のやるせなさが胸に迫る力作だと思いました。

舞台は江戸時代、金毘羅詣での拠点でもある、四国の小藩である丸海藩に、江戸から大罪人ではあるけれど、元幕府の要職にあった、加賀殿がお預かりとなって送られてきます。妻子、部下を殺し、その理由も明かさず、悪鬼と恐れられている方です。

一方、江戸の大店の女中と若旦那の子と生まれ、母をなくし、邪魔者と疎まれていた薄幸な少女、「ほう」も、ひょんなことからこの藩にながれつきます。匙(医者)の家に引き取られ、やっと人間らしい扱いを受けることができたのですが、彼女をいつくしんでくれた、匙家の娘が殺され、それを発端に「ほう」の運命も二転三転します。

丸海藩には、次々と厄災が降りかかり、「ほう」を妹のように思ってくれた、引手(岡引?の手下)の少女、宇佐を初めとして、匙家の人々など、多くの人が翻弄されます。人々はそのすべてが、かの悪鬼となった加賀殿の仕業だと恐れますが、「ほう」はその、加賀殿の押し込められた屋敷に下女として働くようになったのです。

「ほう」は思いがけないことから、その加賀殿に手習いをすることになるのですが、そこには微かな心の交流が生まれます。しかし、もう運命の流れは決まっており、最後の大きな悲劇は起こるべくして起こるのです。

身分は低いけれど、必死で自分の生業を生きている人々も、政治の起こす大きな波、そして自然の猛威には、成す術を知らない。それは現代でも、同じようなものかもしれません。けれども、「ほう」のような無垢なものこそが、返って本質を見ることができ、生き抜いていくことができるのでしょう。過酷な運命を背負った、加賀殿と「ほう」の、心が触れ合いには、感動しました。

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格差社会へ

いろいろな親子がいて当たり前だけれど、最近はその幅と言うか、差が広がっているような気がします。昔は、手を掛け過ぎる親も少なかったし、虐待するような親も少なかったと思う。でも、最近は・・・

東北旅行に一緒に行った友達が、手首を骨折したと聞いたので、電話してみました。幸い、ずいぶん良くなったらしいのですが、保育園のアルバイトは無理なので休んでいるとの事。暇なので、ちょうど同僚の保母さんに頼まれて、小学生の子供の勉強を見ているらしい。ところが、話を聞いて、考えたというか、暗い気持ちになってしまいました。

その子は小学3年なのに、1桁の足し算もできなくて、一生懸命教えても次の日には又わからなくなっているという。「じゃあ、九九なんかもちろんできないの?」と聞くと、暗記はしているけれど、その意味は全くわからないらしい。ちょっと、それはあんまりなので、「何か障害があるのかもしれないんじゃない?」と言うと、彼女は発達心理学の本も読んでみたらしいんですが、まれに算数だけが理解できないと言う障害(学習障害)があるのを見つけたといいます。「それかも知れないわね。ともかく、その子の親に、伝えなければね。言い方は難しいけれど。それにしても、そんなことに親が気づかないのもおかしいね。それに、小学生ぐらいなら、なぜ自分で教えようとしないのかしら?」と、疑問が募ります。

彼女の話によると、保母である母親は仕事は忙しいけれど、7時ごろまでには帰宅し、食事のしたくは夫がしてくれているらしい。それなら、少しくらい時間が取れそうなものだけれど、夫婦そろってのんべぇで、食事のときから飲み始めてそのまま寝てしまうらしい。子供が小さいときは、夜遅くまで子連れで飲み歩くこともあったらしい。

「なんて事なの。子供が心配じゃないのかしら?」と言うと、彼女によると、その人だけでなく、とんでもなく非常識な親が多くて、子供たちも不安定で胸が痛む毎日だそうです。ところが、機会があって、ある幼稚園にいくと、そこの親は至極まともで、やや過保護なくらいだけれど、子供たちも落ち着いて話も良く聞ける状態だそうです。

ここまで話したところで、「最近格差社会化が問題になっているけれど、もうこんなところに、その芽があるのかもしれない。子供のころから、環境がこんなに違っては・・・」と、暗い気持ちになってしまいました。昔は地域や、祖父母などのサポートもあったけれど、今はそれもなくなりつつあって、どんな親の元に生まれるかで、将来がある程度決まってしまうのかなぁ、と。

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「大丈夫」

久田恵さんのエッセイ集「大丈夫」を、読みました。以前、久田さんの連載コラムが新聞に載っていて、面白かったので。

ご存知の方もあると思いますが、久田さんはフリーライターで、お子さんが3歳の時に離婚されて、実家に戻られたものの、お母様が倒れ、長い介護の末に亡くなられました。息子さんも、登校拒否などを乗り越えて、今では家を出て行かれ、高齢のお父様との二人暮しです。仕事と、家事、育児、介護など、奮闘してこられた方です。

エッセイは、お父様とのちょっとほほえましいけれど、大変そうな暮らしのあれこれ、パソコン導入の奮戦記、息子さんの巣立ちや、子育てのエピソード、その他いろいろ、興味深いものが多かったです。

特に印象に残ったのは、・・・久田さんはディズニーランドの近くに仕事に行って、息子さんを連れてきたことがなかったのに気がついた。、思いをめぐらせているうちに、野球を観に連れて行ったときでさえ、自分は近くのマクドナルドで仕事をしていたのを思い出し、切ない思いで後悔し、息子にそれを話します。すると、息子は「それは、そんなに忙しいのに野球に連れて行ってくれたという記憶でもあるんだよね。」と、いたわってくれた時の感慨。

又、彼女はあるとき、PTAの役員を引き受けてしまったのですが、(あとで「この時期だけ、忙しくなる人が多いのよね。」というのを聞いて唖然とするのですが)、皆が集まれるときと言うことで、役員会を午後の10時から、ファミレスでやったそうです。非常識と非難されたけれど、出席率は100%、しかも皆少しうれしそうだったとか。世の中は変わっているのですから、いいかも知れないなと私は思いました。働く親の、役員をやれない後ろめたさも、役員ばかりやらされる専業主婦の鬱憤も、解決する方法かも知れないですね。

それから、40代の女の、(50代もですが)自己実現の欲望についての文では、「何かを得るためには何かを捨てなければならない。持っている手を離さなければ、新しいものを持つことはできない。」というくだり、やはり、身を張って生きてきた方の言葉ですね。耳が痛かったです。

切りがないので、このくらいにしますが、私たちぐらいの女性にはとても共感できる本じゃないかと思いました。久田さんの、大変なはずなのに、力まない、自然体で優しさが感じられるところが、とてもよかったです。

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ルンルン・バーゲン

なんとなく鬱々とした日々。元気出してバーゲンに行ってきました。娘に、有給とって一緒に行こうよ、と誘ったけれど、「私もうバーゲンでは買わないの。」と、つれない返事なので、友達を誘うのも面倒で一人で、水道橋のプリズムホールへ。

買いたかったのは、春のコートと、パンツ。ところが、あれもこれも欲しくなって・・・バッグ、カットソー2枚、ジャケット2枚、コート、スカート、パンツ、お財布・・・こんなに買ってしまった。高級品ではないし、すごく安くなっていたけど、これは予算オーバーでした。ちょっぴり後ろめたく、でもルンルンになって帰ってきました。

夜、娘が帰ってきて、「あれ、お母さんどこへ行ったの?」「えー!買いすぎじゃん。私より買ってるよ。」とか言われて点検され、「これは私にちょうどいいよね。いいのかったねぇ。」と、バッグとカットソーを取られた。まぁ、実際彼女のほうが似合ってたけど、そりゃあ、体形が違うんだから何でも似合いますが。まあ、いいか、時々借りよう、って私が買ったのにね。

やっぱり、女性のストレス発散はお買い物と、おしゃべりじゃないかな。そう思いませんか?

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ボケボケです

気力も体力もないこの頃、ブログの更新も久しぶりです。なんとなく忙しい割りに、仕事もはかどらず、集中力がないんです。先日、こんな事がありました。

雨が降っていたので、車でスポーツクラブへ行ったのですが、帰ってくると徹夜明けで眠っていた息子がいない。図書館にでも行ったのかなと思って夕食を作っても帰ってこないので、携帯でメールしようと思ったら、携帯がいくら探してもない。スポーツクラブに電話して探してもらったけれど、ない。夫に電話して、息子の居所はわかったけれど、携帯がないと困ってしまいますよね。電話番号とかメールアドレスとか、わからなくなってしまうし。念の為、車に行ってみると・・・ありました。そういえば、車の中でメールをチェックしたような気が。

次の日は、母のところへ行く日でした。出かけようとしていると、又雨だったので、夫に駅まで送ってくれと言われました。そして車を出したのですが、ふと気がつくと、持ってきたはずの紙袋がない。中身はお昼に食べようと、昨日作ったロールキャベツなどのおかず。忘れてきたと思って、夫を送ってUターン。ところがうちにはどこにもない。そういえば、ゴミを出してから車に乗ったのを思い出して、ゴミ置き場に行って見たら・・・ありました。ゴミの横に。一緒に捨てちゃったんです。

母の所では、車をガレージに入れるのですが、シャッターを開けるリモコンが先日から見当たらず、車の中はもちろん、私のバッグ、母のうちなど、散々探したのにないんです。その日は仕方ないので、手動で空けてもらったのですが、これは不便です。母のところから、文化シャッターに電話したら、すぐ来てくれることに。すばやい対応にちょっとうれしかったりしたのですが、やってきたサービスマンによると、型が古いので、基盤も変えなくてはならないので、リモコン込みで、なんと7万円もかかるとの事でした。(それならすぐ来ますよね。)ともかく、見積もりを送ってくれることになりましたが、そんなに掛かるのでは、考えちゃいます。そして、帰り際、母が窓をたたくので、何かと思ったら、「お母さんがさがしてあげようか?」というんです。あんなに探したのに・・と思いましたが、母も頑固なので、ここは素直に、ドアを開けました。そうしたら、運転席を下げてみると、何か白いものが見えるんです。運転席の真下にリモコンがありました!前も探したのですが、席が充分下がりきってなかったんですね。母はにっこり、私はがっくりです。まぁ、良かったんですが。

こんなわけで、2日間で、ボケ3連続でした。もともと、そそっかしいんですが、さすがに自己嫌悪です。この頃、物忘れはひどいし、本当のボケの始まりでなければいいんですが。

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「実録 ホームレス とは!?」を読んで

今年の冬は厳しい寒さが続き、今日は4月というのにまだ肌寒いですね。新宿や上野に行くと、寒空のした、ホームレスと呼ばれる人たちが沢山いるのを目にします。彼らを怠け者と、言う人もいますが、それだけであのような悲惨な生活をしているとは、到底思えません。彼らは何を考え、どういう状況にあるのか気になっていました。

図書館でこの本を見かけ、読んでみました。著者はジャーナリストの森川直樹さんです。多くの関係者・・ホームレス、支援者、行政・・から地道に話を聞いて、この本は書かれています。私の印象に残った点を書いてみたいと思います。

正確な調査はないのですが、この本が書かれた94年の時点で東京だけでも約1000~2000人のホームレスがいると言われている。日本全体ではこの何倍にもなると思われます。新宿で調べたところでは、年齢的には50代、60代が圧倒的に多く、高齢化が進んでいる。きっかけは仕事がなくなったというのが70%あまり、行政に望みたいことは仕事の保障と住む場所の保障が80%近くになっています。つまり、リストラや倒産、事業の失敗などで仕事がなくなり、次の仕事が見つからずに住む場所も失ってホームレスになった人が大勢を占めています。いったんこのような状態になってしまうと、まず住所がない、身なりも汚れてき、年齢もあいまって仕事につくのは困難を極めるのです。

ホームレスの人を収容する施設があって、行政がそこに入ることを勧めても、嫌がる人が多いという報道を聞いたことがあって、それはわがままなんじゃないかしら、と不思議に思っていたのですが、それは単なる短期の一時的な収容で、2~4週間、食事はできるものの、仕事は斡旋してくれるわけでもなく、又もとの生活に戻るしかないらしいのです。

新宿区生活福祉課の課長の話では、行政がまずできることは、生活保護の適用(居所を有しなければできない)、あとは食料の支給なども行ってはいるが、抜本的な解決には結びつくものではない。国の方針としては、「原則的にまず,更生施設に収容し、その上で求職活動をを促す」ということなのだけれど、その施設が圧倒的に足りないということらしい。施設が足りないのは金銭的な問題はもちろん、いざ建てようとすると、周辺住民の猛反対にあうという。以前、新宿の地下道で強制的なホームレスの追い出しが行われたときは、「ひどい、何とかしてやれ」という抗議の電話があったりするけれど、いざ施設を作ろうとすると反対する。・・何とかしてやれ、でも俺の隣はだめだ。・・ということなのだ。

この本が書かれてから10年余りたっていますが、状況が改善されているようには思えませんね。景気対策も必要ですが、国はもっと真剣にホームレス問題に取り組んでほしいものです。更生施設の建設、仕事の斡旋、そして、高齢者や病気の人の保護などに、です。

最後に、筆者が繰り返し述べていたのは、ホームレスは特別な人ではない、私たちと同じ人間であるし、それぞれ千差万別な事情があり、ホームレスという言葉で一くくりにすべきではないということです。私も彼らをホームレスと言う色眼鏡を通して同じように見てきたことに気づきました。私たちに何ができるのでしょうか。

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