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「蕨野行」

村田喜代子著 「蕨野行」 を読みました。

いわゆる、『姥捨て』の物語です。貧しい農村での事、この村での慣習で60歳になると、男も女も、里を離れ蕨野と呼ばれる地に行かねばなりません。村の庄屋の後添えに来た若い嫁、ヌイと、里を離れた姑の、問い語りの形で物語りは展開します。

蕨野に行っても、毎日老人達は里に通ずる川にかかる橋を渡り、里に行って農作業を手伝って、その日の糧をもらって帰ることができるのですが、足が萎えてしまい、這うようにして行くうちに、それもできなくなる者には、死が訪れます。勝気で、あくまで生きようとする老女、里に残した者が忘れられぬ者、頑健で、猟の技も持ち、たくましく生きていく者、この世とあの世の境目のような蕨野にあっても、人はそれぞれに生き、様々な人間模様がある様子が、姑の述懐によって語られます。

一方、ヌイは、実の母のように姑を慕い、村の様子を語ります。姑が出て行くとき、秋には戻ると言った言葉を信じて、その日を一日千秋の思いで待っているのですが・・その年の夏に村を襲った長雨が作物の実りを奪い、村は危機に陥ってしまいます。庄屋であるヌイの夫は断腸の思いで、蕨野との最後の交流も絶ちます。秋は深まり、雪がちらつき、蕨野も、村も、悲惨さは増すばかり・・

こう書くと、ただただ悲惨な物語になってしまいますが、苦しみの中の小さな、でも輝くような喜びも散りばめられ、最後まで信頼の糸で結ばれているヌイと姑の暖かい心が美しいのです。追い詰められ、着の身着のままで異界の者のようになっていく老人達にも、最後まで失われない人間らしさを、作者は優しい目で見ているようです。そして、生きていく人間の滑稽さをも。

どうも上手くかけません。でも、この作者の、人間に対する観察眼の鋭さ、そしてユーモアにはいつも感心させられます。悲惨さの中にある滑稽味が、かえって心を打つんですね。

なんだかんだと言っても、昔に比べれば豊かな現代。60歳なんて、今ではまだまだ枯れるには早い時代です。ありがたい事だけれど、命を粗末にする事件が多い。この本を読んで、改めて命の尊さを思うことができました。

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コメント

私たちもその時代に生まれたらそろそろ姥捨てを考える年頃って事でしょうかね。
なんか切ないですね。
それほどまでに生きることが困難な時代だったんでしょうね。今の時代には考えられないことです。
だから、逆に忘れてしまってることもあるのかな。贅沢すぎて見えないものがあるのでしょうか。

そんな贅沢な私、燃焼スープダイエット本気で考えてます。来週あたり。

投稿: ちまき | 2006年11月18日 (土) 14時44分

☆ちまきさんへ

飢えるほどには困らないと言ってもいい時代ですね。でも、おっしゃるように、忘れてしまった事もあるのかも知れないと、この本を読んで思いました。今ではめったに感じることのない、純粋な喜びや悲しみでしょうか。
やせたいなんて、贅沢?でも、やっぱりやせたいです、私も。これは別な話ですね。
ちまきさん、やるの?私、がんばったのに、1週間で戻ってしまいました・・・
終わったあとの、食欲がすごかった。いつもはあまり欲しない甘いものが食べたくって。
リバウンドに注意してね。

投稿: めろん | 2006年11月23日 (木) 00時47分

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